READING OBJECTIVES この記事を読んだ後には,次のことができるようになります:
- 手の解剖学について,名称・部位・大きさ・働きなどの専門的な知識を得ることができる.
- 運動学の視点から,ヒトの手(特に母指)の特殊性を理解できる.
- 手をイラストや粘土で表現するときのポイントについて,複数の実例を通して具体的に知ることができる.
はじめに
手のイラストがうまく描けない,手がうまく作れない,と思ったことはありませんか?手は身体の中でも表現が難しい部位なので,構造と機能の理解が不可欠です.
そこで今回は,手の解剖学と運動学の視点から,手を表現するポイントを説明します.最後に小学生低学年の子どもがポイントを理解する前と後の作品を載せたので,違いを見比べてみてください.この記事を読むだけで,手の表現力が向上するかもしれません.
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手の解剖学
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手は,27個の骨と,11の筋肉で構成されていて,17の関節で動きます.
通常,ひとつの手には5本の指がありますが,親指だけ他の指にはない特徴を多く持ちます.英語で指は finger(複数形:fingers)ですが,親指は finger ではなく thumb(複数形:thumbs)です(finger に入れてもらえない).それくらい,親指は他の4本の指と異なっているのです.
ちなみに,解剖学の呼び名は特殊です.5本の指は,母指(ぼし,通称:おやゆび),示指(じし,通称:ひとさしゆび),中指(ちゅうし,通称:なかゆび),環指(かんし,通称:くすりゆび),小指(しょうし,通称:こゆび)です.
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幼児語を合わせると,指にはそれぞれ3つずつ日本語名が付いていることになります(例:ぼし,おやゆび,おとうさんゆび).
また,母指は幼児語だと父親(お父さん指)だったのに,大人になると「親指」と中立(中性)になり,専門家は母親の字を使うあたりも興味深いかもしれません.
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手の骨
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人間の身体には200~350個の骨があります.数に幅があるのは,年齢によって骨の数が変わるからです.骨の数は産まれたばかりの新生児が最も多く305~350個です(個人差があります).一般的に成長するにつれて骨がくっついて(新たにできる骨もありますが),だいたい15~18歳までに骨の数が200~208個くらいになります(男より女の方が骨がくっつくのが早い).
手の骨は両手合わせて54個なので,全身の骨のうち約26~27%(4分の1以上)が手の骨です(大人の場合).そして54個の手の骨は,大きく3つのグループ(指骨・中手骨・手根骨)に分けられます.
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指骨(しこつ)
指骨(しこつ)は,いわゆる「指」の骨のグループ名です.1本の指は,指先から「末節骨(まっせつこつ)」「中節骨(ちゅうせつこつ)」「基節骨(きせつこつ)」という3個の骨からできていますが,母指(親指)には(基節骨ではなく)「中節骨」がありません(母指だけ2個の骨でできています).なので,片手の指骨グループには計14個の骨が含まれます(3×5-1=14 または 3×4+2=14).専門家は指で呼び分け,例えば「母指の基節骨」や「環指の中節骨」など表現します.
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中手骨(ちゅうしゅこつ)
中手骨(ちゅうしゅこつ)は,いわゆる「手のひら(手の甲)」の骨のグループ名で,全部で5個の骨が含まれます.グループ名といっても,5本の指に連なる中手骨は1本ずつなので,骨の名前=グループ名となっています.
呼び分ける時は,中手骨が連なる指ごとに数字を使います(指で呼び分けない).母指(親指)が「第1中手骨」です.示指(人差し指)が「第2中手骨」,中指(なかゆび)が「第3中手骨」,環指(薬指)が「第4中手骨」,小指(こゆび)が「第5中手骨」です.
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手根骨(しゅこんこつ)
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手根骨(しゅこんこつ)は,いわゆる「手首」の骨のグループ名で,全部で8個の骨が含まれます.ただ,産まれたばかりの新生児にはありません.生後3か月くらいから骨ができはじめ,遅くとも12歳までには8個全部出現します.平均的には,年齢+1個の手根骨があると考えればいいです(例:1歳で2個,2歳で3個,…).
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手根骨グループの骨の名前はどれも個性的で,医療職を志す学生を悩ませます.形から名前がつけられいるようで,そうでもないところがややこしいです.
- 大菱形骨(だいりょうけいこつ):サイコロみたいな形.
- 小菱形骨(しょうりょうけいこつ):やっぱりサイコロみたいな形.大~と比べてそれほど小さいわけではない.
- 有頭骨(ゆうとうこつ):(当然頭ではなく)手首のほぼ中心にある大き目の骨.
- 有鈎骨(ゆうこうこつ):「有鈎骨鈎」というでっぱりがある.頭がとびだしているのに有頭骨じゃない.鈎のつくりは「句」じゃなく「勾」.勹部に「ロ」じゃなく「ム」.
- 舟状骨(せんじょうこつ):小型の手漕ぎ船を表す「舟」の字が付いているのは,謙虚だからというより船だったら沈む形だから.足首にも同名の骨があるが,やはり船だったら沈む.
- 月状骨(げつじょうこつ):月らしさはない.ただ,月も満月や三日月があるから形について厳しくは言えない.
- 三角骨(さんかくこつ):もはや三角でも三角柱でもない.足首に同名の骨がある人もいる(ない人もいる).
- 豆状骨(とうじょうこつ):豆みたい.分かりやすい名前でうれしい.
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手の関節
関節(joint)は骨と骨がくっついているけれど動く部分です.例えば,肘関節や膝関節という関節があるから(関節が健康であれば)肘や膝を曲げたり伸ばしたりできます.手は大きく17の関節で動きますが,17の関節は
指の関節(指節間関節)と
手首の関節の大きく2つに分けられます.
指の関節
指の関節は,いわゆる第1関節の「遠位指節間関節(えんいしせつかんかんせつ)」,第2関節の「近位指節間関節(きんいしせつかんかんせつ)」,第3関節の「中手指節間関節(ちゅうしゅしせつかんかんせつ)」の3種類です.名前が長いので,英語を使って表現することが多いです.遠位指節間(distal interphalangeal)関節は「DIP(ディーアイピー)関節」,近位指節間(proximal interphalangeal)関節は「PIP(ピーアイピー)関節」,中手指節間(metacarpophalangeal)関節は「MP(エムピー)関節」の2つだけです.ただ,母指(親指)は他の指より関節が1つ少なく、指節間関節(IP関節)と中手指節間関節(MP関節)の2つだけです.ちなみに,「metacarpophalangeal」は「中手指節間の」という意味の形容詞で,アルファベット19文字からなる1単語です.
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手首の関節
手首の関節は,手根中手関節(しゅこんちゅうしゅかんせつ),手根中央関節(しゅこんちゅうおうかんせつ),橈骨手根関節(とうこつしゅこんかんせつ)の大きく3つですが,もっぱら動くの橈骨手根関節です.手首を曲げたり伸ばしたりするだけでなく,手首だけでバイバイと手を振ることができるのもこの関節のおかげです.しかし,母指(親指)と手首の間の手根中手関節だけは,他の指の手根中手関節と異なりある程度動きます.
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手の筋(筋肉)
筋の種類
解剖学では筋肉のことを一文字で筋(きん)と呼びます(ちなみに骨は「こつ」と読む).
筋(きん)とは収縮する能力がとても高い細胞の集合体です.筋は骨や腱や他の筋肉に(しっかりと)くっついて,収縮のエネルギーを運動として伝えます.
人間の全身には約600の筋がありますが,種類は2~3に分けることができます.2~3種類とあいまいなのは,心臓の筋肉が特殊だからです.他の分類として,筋の収縮の持久力とスピードで「遅筋(赤筋)」と「速筋(白筋)」に分類しますが,今回は割愛します.
基本は,いわゆる身体を動かす「
骨格筋(こっかくきん)」と,内臓や血管を動かす「
平滑筋(へいかつきん)」の2種類の分類ですが,2つの理由で心臓の筋肉は「
心筋(しんきん)」と別に分類します.
心臓の筋(心筋)の特殊性
心臓の筋肉を「心筋」と呼び分けるひとつ目の理由は,見た目の違いです.骨格筋は筋細胞が枝分かれせずにきれいに並んでいるので「横紋筋(おうもんきん)」と呼ばれます.横紋筋は顕微鏡で見ると,本当に縞模様が見えます.一方で,平滑筋は筋細胞がばらばらに集まっているので縞模様は見えません.では心筋はどうかと言うと,枝分かれした縞模様が見えます.もうひとつの理由は,コントロールできるかどうかです.骨格筋は動かすかどうか(ある程度)コントロールできるので「随意筋(ずいいきん)」と呼びます.一方で平滑筋は自動で動いています(だから食べ物を食べると勝手に消化されて栄養になる).もちろん心筋もコントロールできません(寝ている間も心臓は動いている).なので,平滑筋と心筋は「不随意筋(ふずいいきん)」と呼びます.つまり,心筋は,横紋筋なのにコントロールできない(不随意筋),あるいは,コントロールできない(不随意筋)のに縞模様が見える特殊な筋肉なのです.
手内筋
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手にある筋を「手内筋(しゅないきん)」とまとめて呼びます.手内筋はすべて骨格筋(随意筋)です.手内筋は,重い順(≒大きい順)に「母指球筋(ぼしきゅうきん)」>「中手筋(ちゅうしゅきん)」>「小指球筋(しょうしきゅうきん)」の3つのグループに分けられます.ヒト(種として書くときはカタカナ)とカニクイザルの手内筋を比較した研究では,ヒトでは物を把持する(つかむ),つまむ作用に関係する筋が発達していたのに対し,カニクイザルでは体重を支える筋が発達していたとの報告があります(阿尻, 1981).
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特に「つまむ」ことはヒト特有の運動とまで主張する研究者がいます.ただし,サルがつまんでいる写真も見つかるので真偽は不明です(「猿 つまむ」で画像検索).いずれにせよ,人間の手内筋は大きく(特に母指球筋),ヒト特有の個性的な筋ということです.もちろん,手内筋とわざわざ「内」と書くことからも分かると思いますが,手には手の外(前腕=ぜんわん)から続く筋も集まってきていますので,手にある筋は厳密には手内筋だけではありません.ただ今回の目的は,筋の専門知識を得ることではないと思いますので,ここからは手の動き(運動)に注目しながら手内筋を見ていきます.
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手の運動学
手内筋が担当するのは,手の指の運動で,「つまむ」運動が得意です.「つかむ」運動も担当していますが,把持(つかむ)運動の主力は前腕の筋です.また,手首の動きは担当していません.
指の運動は,大きく「曲げ伸ばし(伸展/屈曲)」「開閉(外転/内転)」そして「対立(たいりつ)」の3つです.
指の曲げ伸ばし(伸展/屈曲)運動
運動学では,指を曲げることを「屈曲(くっきょく)」,伸ばすことを「伸展(しんてん)」と言います(進展ではない).
手内筋(手の筋肉)は,指を伸ばすより,曲げることに参加する筋が多いです.また,
母指(親指)と小指の屈伸は特殊な筋(母指球筋,小指球筋)が担当しています.
- 母指の伸展:(手内筋ではない.例:長母指伸筋)
- 示指の伸展:虫様筋(中手筋),背側骨間筋(中手筋)
- 中指の伸展:虫様筋(中手筋),背側骨間筋(中手筋)
- 環指の伸展:虫様筋(中手筋),背側骨間筋(中手筋)
- 小指の伸展:虫様筋(中手筋),背側骨間筋(中手筋)
- 母指の屈曲:短母指屈筋(母指球筋),母指内転筋(母指球筋)
- 示指の屈曲:虫様筋(中手筋),背側骨間筋(中手筋),掌側骨間筋(中手筋)
- 中指の屈曲:虫様筋(中手筋),背側骨間筋(中手筋)
- 環指の屈曲:虫様筋(中手筋),背側骨間筋(中手筋),掌側骨間筋(中手筋)
- 小指の屈曲:虫様筋(中手筋),掌側骨間筋(中手筋),短小指屈筋(小指球筋),小指外転筋(小指球筋)
指の開閉(外転/内転)運動
運動学では,中指を中心に指の開閉運動(内外転)を考えます.中指から離れる方向に指を開くことを「外転(がいてん)」,中指に近づける方向に指を閉じることを「内転(ないてん)」と言います.
母指(親指)だけ外転運動も内転運動もそれぞれ特殊な筋(母指球筋)が担当しています.
- 母指の外転:短母指外転筋(母指球筋)
- 示指の外転:背側骨間筋(中手筋)
- 中指の外転:(外転運動の中心と考える)
- 環指の外転:背側骨間筋(中手筋)
- 小指の外転:小指外転筋(小指球筋)
- 母指の内転:母指内転筋(母指球筋)
- 示指の内転:掌側骨間筋(中手筋)
- 中指の内転:(内転運動の中心と考える)
- 環指の内転:掌側骨間筋(中手筋)
- 小指の内転:掌側骨間筋(中手筋)
指の対立(たいりつ)運動
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「対立(たいりつ)運動」という表現は,運動学で手の運動にしか用いない特殊な運動です.いわゆる「指先でつまむ運動」であり,母指(親指)と他のいずれかの指との間でしか生じません.すでに書いた通り,「つまむ」運動はヒト特有とまで主張する研究者がいます.この指先同士を向かい合わせでくっつける対立運動を実現するのは,主に母指(親指)の運動のおかげです.母指(親指)の対立運動は,母指対立筋と短母指屈筋(いずれも母指球筋)が作用します.なお,小指は母指から少し遠いので,小指にも対立運動をするための小指対立筋(小指球筋)という小さい筋があります.
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手を表現するポイント
母指球と母指の向き
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人間の手の母指(親指)は,解剖学的にも,運動学的にも,他の指に比べ特殊です.骨と関節が少なく,特に「つまみ」運動を実現する大きな母指球筋があります.したがって,(1)母指そのものを表現すること,(2)母指球(母指の根元のふくらみ)を表現すること,(3)母指の向きを他の指と対立する方向に表現すること,の3つのポイントをおさえると人間の手らしい表現となります.
例えば「ブラックジャック©」では,母指(親指)の向きが他の指と異なるよう表現されているのが分かります.また,インスタントラーメンを把持している場面では,母指球も描かれています.
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母指(親指)の指先から伸びる矢印が,他の4指の指先と向かい合ったり,交差したりするように表現します.また,示指(人差し指)は,4指の中では単独で違う方に向くことが多い一方で,中指,環指(薬指),小指はほぼ同じ向きです.
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母指(親指)の向きを表現しない場合であっても,例えば「ドラえもん©」の手はもともと丸い球の設定ですが,「把持」や「つまみ」を表現する際はどうしても母指(親指)と母指球を描く必要があります.
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手を5つのパーツに分ける
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手の解剖学,運動学的特徴から,手を5つのパーツに分けると表現しやすいです.
まず,分かりやすい(1)示指(人差し指)・中指・環指(薬指)・小指の4指です.場合によっては,ひとまとめにして表現してもいいでしょう.次は,(2)4指の中手指節間関節(MP関節)です.理由は,手のひら側から見た時,関節は指の付け根ではないからです.指より2センチメートルほど手のひら寄りの所で4指は曲がります.手の甲側から見て,出っ張りがあるところで曲がります.「付け根=曲がる場所ではないこと」がポイントです.一方で,(3)母指(親指)は指の付け根で曲がります.上記の母指(親指)の向きだけでなく,曲がる場所もポイントです.(4)母指球(母指球筋)のふくらみは意識して表現することもポイントです.大きさは母指(親指)と同じがそれより大きいサイズにします.最後は(5)残りのその他の部分です.強いてポイントを挙げるとすれば,小指球筋のふくらみを表現することでしょうか.ただし,母指球筋とは違い,小さい筋肉ですのであまり気にしなくても支障ありません.
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さいごに:小学生の取り組みの実例(イラストと粘土)
今回,
「手を表現するには?解剖学と運動学に基づいて」では,
手の解剖学,運動学の視点から,手を表現する際のポイントを説明しました.
実際,小学生低学年の子どもに手のイラストと粘土をやってもらいました.「before」は表現ポイントを説明する前の作品,「after」が説明を理解した後の作品です.
母指(親指)と母指球を表現するだけで,かなり手らしくなるのが分かると思います.子どもは,制作後「説明を聞いて作りやすかった」と言っていましたので,知識があるとより安心して手を表現できることが示唆されました.
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